いつか君に

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プレッシャーだよ・・・・・。



人気の男性ユニット‘Two−K’


今回発売される新曲もきっと売れること間違いナシだと思う。


だからこそ・・・・・・・・・・・・



私なんかでいいのかな!?




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名倉良介というカメラマンにはひとり息子が居た。

名前は名倉良一。



名倉良二という名前の息子は本当はいない。



名倉良介氏と我が家は名倉氏の生前から親交があった。


良介おじさんの死は、かなりの衝撃をもたらした。


名倉良一は、 父の死をどのように受け止めたのだろう?





良介氏の死後に、追悼の意味を込めた写真展を開いた。



そこには、数多くの良介氏の写真ファンや親交のあった人々。



本当に本当に沢山の人が訪れた。



写真展の一角には、亡き良介氏に捧げる写真を一部掲載した。



「父・良介に捧げる」



そう題されたコーナーには、良一が父と共に撮った写真が飾られた。



その中の・・・・・・



ほんの一部に私の撮った写真も飾られたのだ。



良介氏には良一同様にかわいがってもらった記憶がある。



そんな縁もあって、私の撮った写真を良一が飾ってくれたのだ。





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皮肉なことにも・・・・・・



私のとった写真は、一部の関係者の中で有名になったのだ。



写真の撮影者は一切掲載していなかった為、良介の子供の撮った写真 ということで、次々と関係者が写真を観に写真展を訪れた。



事態はどんどん大きくなっていき、第二の名倉カメラマンを関係者、マスコミ などさまざまな人が取り上げた。



事態を収拾するべく、名倉良介の息子「名倉良二」の名前で写真を公開することにした。



そのことは名倉家と話し合った結果のことであった。



良一も私の写真を認めてくれ、「名倉良二」と名乗ることを 認めてくれた。



そののち、名倉良二として私は写真のコンクールに写真を数度出展し、 それなりに賞も受賞した。



それらは全て、名倉良介の息子ではなく、 私、坂本真奈美のことだ。



マスコミに顔を出さないのもそういった理由。



人を被写体にしないのも風景を撮るのも・・・。



先程打ち合わせで、顔を合わせた面々が、私を名倉だとは思わなかったのも・・・。



ごくごく一部の人のみが知るシークレットなのだ。



ある縁があって、keiとKouは、私が名倉良二だと知っているのだ。



過去に何度か、彼らの写真を撮ったりもしている。



それでも、いつも思うのだが・・・・・・・私なんかでいいのだろうか!?



彼らのようにトップクラスの実力を持つミュージシャンには、それなりのカメラマンが付いた ほうがいいのは、考えなくても分ることだ。



私は素人同然のカメラマン。



年に数度風景画の撮影をするだけの、何の取柄も後ろ盾も無い。





それでもいつも、keiとKouは私に写真を依頼してくれる。



「俺らの写真は名倉良二が担当だから」



それが彼らの台詞だ。



「真奈美が撮ってくれるならどんなのでもいいよ。
真奈美が撮ってくれる俺たちがいちばん俺たちらしさが出るから」



そんな事を言われてしまったら頑張るしかないのだ。



彼らの歌を聴いてくれる人に、歌と共に届ける写真。



彼らの歌に負けない良い写真を・・・・。
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